藤田医科大学の取り組み

 産学連携は、私たちにとって自分たちの研究活動を具体的製品(product)に変換できる嬉しいチャンスになります。「連携」のメリットは、それぞれの守備範囲では既にプロフェッショナルである二者が一緒になることで得られる素早さと、互いの違いを認識することで生じる知恵の増大にあります。ただ一方で、異組織であるためヒエラルキーが不明瞭というデメリットもあります。そのため本学では、繋ぎ機能として、産学連携支援センターなどを準備してきました。
 ところで、新製品開発はもともと成功確率の低い行為です。通常の新製品開発の場合、経済的利益を生む成功確率は10%未満でしょう。ですから革新的一流新製品となれば、当然、成功確率は極めて低いものになるでしょう。

 2007年、本学はトヨタ自動車と活動支援ロボット開発の研究を開始しました。互いの組織文化をすり合わせながら、多くの寄り道をしつつ、歩行練習支援ロボットを開発し、2016年、Welwalkの販売に漕ぎ着けました。同ロボットは、2018年にロボット大賞を受賞し、2020年には、リハビリテーションロボットとして日本初となる医療保険でのカバーも行われるようになりました。また、私たちは、同時に複数の代表的日本企業とロボット開発を進めています。これらの経験から、成功のためのいくつかのtips(こつ)を手に入れました。
 
 まず、始めに、研究者が、創るものの意味を知っていて、かつ実際に欲していることが必須です。リハビリテーション医学の場合、障害者、運動学、運動学習、行動科学などが専門的知恵となります。ロボット開発では、単純な視点では的外れになりやすい障害者のneeds解明が新製品の概念形成に直結しました。

 しかし、アイデアは始まりに過ぎません。そこで2つ目のアドバイスですが、その先の見通せない長い道のりは数多くの試行錯誤の過程であることを理解しておいてください。変更に次ぐ変更が行われ、その過程で磨かれて作品は命を獲得します。研究者と製品開発者は、大きな不安を抱えながら信仰に近い信念を持って進むのです。一方、企業側の管理者はアイデアが結果に直結すると思いがちで性急に結果を求めます。企業側の上司をなだめ、最も不足するリソースである時間を補う策を講じることも研究者の役割です。実際、私たちの開発過程でも、アジャイル開発技法を用い、大きな軌道変更が何度か行われ、当初とは全く違う姿のロボットが誕生しました。

 3つ目のTipですが、アカデミアには物理学を工学より優位にみるという無意識があり、工学研究は応用物理学研究の様相を取りがちです。けれども、人工物である新製品の開発には人工科学的姿勢が必須です。例えば、通常の論文作成に必要な精度と製品に要求される精度は桁が違います。歩行ロボットは1万歩に1歩転んだら深刻です。そして、精度向上は、新奇性に乏しいにもかかわらず至難の課題です。

 最後に、異文化の融合で新価値を生み出すには、多様かつ有能な人材が鍵となります。誰が有能な人材になるのかを測る確実な方法はありませんが、研究者の立場からすると、産学連携は、優秀で努力家の人たちが実現したいことを生かせる機会です。だからこそ、喜びもひとしおなのです。
 藤田医科大学では、産学連携のプロセスを味わう文化を創ること、これが私の学長としての仕事と認識しています。