探求心・向学心に富む、伝統の気質

今からおよそ1世紀前、エンジニアを志す熱心な学生たちが、自ら支援者や教員を求めて奔走し、校地を探して東京都市大学の原型となる学校をつくった。若き学生たちの情熱は、「公正・自由・自治」という建学の精神とともに、今もなお、時代を超えて生きている。

まだ武蔵工業大学という名称だった90年代に、建築学科の助教授を務めた経験を持つ野城智也学長は、30数年前に出会った学生たちの印象を、「探求心・向学心にあふれ、真っ直ぐで潔く、どこか侍のようだった」と振り返る。後輩たちを立派なエンジニアに育てたいという思いも強く、卒業後に非常勤講師となって、母校で教鞭を執る先輩たちも少なくなかったという。

2009年に東京都市大学と校名を変え、現在は工学を源流とする総合大学として、8学部18学科、2研究科を設置している。理工学部、建築都市デザイン学部、情報工学部、環境学部、メディア情報学部、デザイン・データ科学部、都市生活学部、人間科学部と、学べる範囲は大きく広がった。

武蔵工業大学の流れを汲む理工系の最重要施設である新10号館
武蔵工業大学の流れを汲む理工系の最重要施設である新10号館

分野を超えた知見を集め、全体最適解を導く力

かつて、自動車産業など製造業が中心の「資本集約型社会」だった時代、日本は世界をリードする技術大国として輝いていた。工学系の学生の未来には、専門分野をしっかり修め、エンジニアとして一流メーカーに就職すれば、最先端で活躍できるというハッピーストーリーが待っていた。企業からの信頼が厚い東京都市大学の学生は、まさに引っ張りだこだったのだ。

だがその後、モノより知識や情報を共有し集約する「知識集約型社会」が、世界のメインストリームとなる。IT分野を中心に、革新的な技術が生まれては消え、すぐにもっと先鋭的な技術に取って代わられるという激しい競争の時代である。かつてのモノづくり大国・日本の国際競争力は、そのなかで急速に低下していった。そして今に至っている。

「みなさんがこれから知識集約型社会を生き抜くためには、専門分野だけで終わらず、常に自分で自分の能力を構築し、進化していかなくてはなりません」と、野城学長は言う。

専門分野をつなぐ教養知、いわゆるリベラルアーツをしっかり学び、広い知識と視野を身につけるといったことが、重要になってくるというのである。

このため東京都市大学では、「共通教育部」を設け、人文・社会科学系、自然科学系、外国語系の基礎・教養科目を、学部・学科に関わりなく全学的に学べる環境を整備した。専門領域とは異なる学問体系に触れることで、しっかりした基礎学力と、グローバル社会で問われる総合力を獲得することを意図している。学生にとっては、学部や学科を超えて交友関係が広がるのも魅力のようだ。

ところで工学系の「今」はどうなっているだろう? 例えば誰もが使っている携帯電話でいうと、通信機能や撮影機能を専門とするエンジニアは日本にもたくさんいる。しかし、「人にとっての意味が持ち歩けるサービス端末に変質している」というところまで、洞察しているエンジニアは決して多くはない。

実はこれが問題だという。イノベーションでは、人間中心の視点が大事だからだ。目の前のモノの性能をただ向上させていくだけでは、イノベーションは起こせない。その技術や製品が、人間にとってどんな意味や価値を持つのかという、発想が不可欠。

東京都市大学の学生たちは、大学オリジナルのSD PBL (Sustainable Development Project organized Problem Based Learning)を通して、こうした力を磨いていく。異なる分野の学生が、チームとして問題に取り組むことで、多様な考え方に触れ、新しい知識を得ることができる仕組みだ。

文部科学省採択事業である、「ひらめき・こと・もの・くらし・ひと」づくりプログラム(以下、ひらめきプログラム)も、チームで課題に取り組む。例えば食糧問題を解決するには、作物を効率よく生産する技術のほかに、フードロスをなくす技術も必要だ。同じように、「この問題を解決するには、機械と電気と通信の技術をどう連携させればよいか?」など、自分の専門分野の枠を越えて議論し合うなかで、俯瞰力、構成力を養い全体最適解を導く力を育んでいく。

「ひらめき・こと・もの・くらし・ひと」づくりプログラム 授業の様子
「ひらめき・こと・もの・くらし・ひと」づくりプログラム 授業の様子

好奇心いっぱいの「跳びはねる」学生を歓迎

こうしたグループプロジェクトは、実社会でも当たり前に行われている。世界の度肝を抜くような技術革新も新商品の開発も、たった一人の天才ではなく、技術者、デザイン担当者、経理担当者、営業や広報の担当者など、多様な人々がボーダーを超えて結集し作り上げている。ということは、ワクワクするようなイノベーションには、裏を返せば誰もが参加できるのだ。

まだこの世にないアイデア、想像したこともない技術、見たことのない製品やサービス。一つでも世界に先駆けて作り上げることができたら、人生が変わるほど感動的な経験になることは想像に難くない。東京都市大学のSD PBLやひらめきプログラムは、その格好の予行演習にもなっている。

また、東京都市大学では、すでに企業で働いている人、再就職や起業に向けて自分の力をブラッシュアップしたい人のために、社会人向けリカレント教育にも力を注いでいる。在学中はもちろん、卒業後も母校で学び、生涯を通じて成⻑し続けられる場として、同大は支援を続ける。

「私たちが育てたいのは、『跳びはねる人材』です。自分の専門分野をしっかり学ぶと、不思議と専門外の人の話もある程度理解できるようになるものです。いろいろな人と協働すれば、たくさんの気づきを得るでしょう。そうなると、学びの場も仕事の場も、本当に楽しいものになると思います。小さな世界にじっと閉じこもらず、いろいろなことに興味を持ち、いろいろなことをやってみる。分野を超える『跳びはねる人』をどんどん育て、持続可能な社会発展に貢献していきたいですね」

そう野城学長は話してくれた。

社会人向けのリカレントプログラムも開講
社会人向けのリカレントプログラムも開講
学長
野城 智也
野城 智也
やしろ・ともなり
1985年、東京大学工学系研究科建築学博士課程修了(工学博士)。同年4月より建設省建築研究所第一研究部研究員。1991年、武蔵工業大学(現東京都市大学)建築学科助教授。1998年、東京大学大学院工学系研究科助教授。2009年、同大生産技術研究所所長。2013年、同大副学長。2018年、同大価値創造デザイン人材育成研究機構機構長。2023年、東京都市大学総合研究所特任教授、高知県公立大学法人高知工科大学教授。2024年1月より現職。専門分野はサステナブル建築、イノベーション・マネジメント。