一人ひとりが「本当に学びたいこと」を見極め、追求するためのメジャー制

──ICUといえばリベラルアーツで知られる大学ですが、未来を担う若者に、ICUのリベラルアーツ教育は、どのような力を与えてくれますか。

学長 世界は常に変化しています。その変化に向き合うときに重要なのが、「世界」や「人間」をいかに理解するかです。リベラルアーツ教育では「対話力」「多様性」「批判的思考」を重視しており、幅広い学問分野の学びを通して知的なアプローチを多様化させ深めながら、世界や人間の本質について学んでいきます。なお、ここでいう「批判的思考」というのは、「これは本当に正しいのか」と立ち止まって考えることであって、相手を批判して文句を言うことではありません。そのベクトルは自分自身にも向けられるのです。これらはどんなに社会が変わろうと、世界のどこへ行こうと、その場所で人々と信頼関係をつくり、よりよい社会を築くための基本です。社会に出る前にこそ、こうした力を身につけてほしいと思っています。

──平通さんと六川さんが、ICUに入学した一番の動機は何でしたか。

平通 私は幼い頃から自然環境豊かなところで生活しており、同時に自然が失われていく様子も目の当たりにしてきました。そのような経験から、高校時代には教育や政策などの面における環境問題に関心を持っていたので、教育や政策などのアプローチから環境問題を学べる大学を探していました。しかし、日本の大学の中には、私が望む内容に近い形で環境問題について学べる学部はなかなか見つけられませんでした。そのような中で、ICUでは文理31のメジャー(専修分野)の中から受けたい授業を自分で自由に選び、それらを組み合わせて、本当にやりたい内容の勉強ができると知り、入学を決めました。3年生になった今は、「環境研究」と「歴史学」をダブルメジャーとして専攻しています。

六川 私も複数の大学を受験しましたが、入試でICUに足を踏み入れたとき、初めて「この大学で勉強したい!」と直感的に思いました。キャンパスの平和な雰囲気や小さめの教室の居心地の良さといった空気感が、自分に合っている気がしました。

私は幼い頃、国際宇宙ステーションの実物大模型を見たことがきっかけで、宇宙への関心を持ち始めました。その後、講演会やサイエンスコンペに参加する中で、物理学や宇宙工学などというように、単なる興味ではなく学問として学びたいと考えるようになりました。しかし、いざ大学に入ると苦手な数学につまずいてしまい、本当に自分が理系に向いているのかよくわからなくなりました。実際、2年生のときにも物理学を続けるべきか悩みました。ICUでは、理系・文系を問わずさまざまな分野の授業を取ることができるので、思い切って1年間、物理学を離れてみました。代わりに、環境学、心理学、経営学、古典ギリシャ語といった専門外の授業、シラバスを見て面白そうだと思った授業を、片っ端から取りました。そして3年生になるとき、やはり物理学の実験をやっているときが一番楽しいと確信し、今は心から納得して物理学を専攻しています。

学長 たくさんの学問分野のなかから、取りたい授業を自分自身で選ぶとなると、人によっては迷ってしまいますよね。でも、「迷う時間」は、自分への確信を持つためにとても大切です。自分を真剣に見つめ、さまざまな学問分野に触れ、可能性を試してみて、最終的に自分にとって本当に必要な学問、本当に関心が持てる学問が絞れるからです。

例えば、同じ物理学に進むにしても、途中で試行錯誤ができる時間がなかったら、「自分はひょっとしたら心理学に向いているのかもしれない」などと、どこか悶々としていたかもしれません。学問を続けるうえで、とてもよい経験をされたと思います。

岩切 正一郎/国際基督教大学 学長
岩切 正一郎/国際基督教大学 学長

メジャーや学年の異なるクラスメイトから学ぶICUのディスカッション

──ICUの授業はディスカッションが多いと聞きます。お二人は授業にすんなり溶け込めましたか。

平通 授業のディスカッションでは、初対面でも1年生でも、みんなが「何でも話していいんだよ」という雰囲気をつくってくれますし、発言のきっかけがうまくつかめなくても、どんどん声をかけて引き込んでくれます。異なる学年の学生が一緒に学ぶ授業が多いこともあり、私のときも先輩たちがうまくリードしてくださって、入学直後から自然に溶け込むことができました。

六川 私も1年生のときから、リラックスした雰囲気で話しやすいと感じていました。しかも、さまざまな分野の学生が集まっていて、出てくる意見がみんな違うんです。環境の授業で、「環境と科学」をテーマに話し合ったときなど、私はどうしても、課題解決のための科学やテクノロジーの面ばかり考えてしまいましたが、政治学メジャーの学生は、科学的手法を社会システムにどう取り込むかという視点から意見を出してくれました。そういうことが多いので、ディスカッションはとても新鮮で刺激的です。

平通 歴史学の授業でも同じような経験をしました。日本の小中学校などにおける歴史教育に関するディスカッションをしたとき、教職課程や教育学の授業を履修している学生が「最近はこういった考え方もあるんですよ」と、教育学の授業で学んだことを教えてくれました。歴史学の授業で、自分はまったく知らなかったような教育学の視点を持った学生の意見を聞くこともできる。このように、先生だけではなくクラスメイトから学ぶことも、すごくたくさんあります。

学長 ディスカッションの目的は、唯一の正解を見つけることではありません。それぞれ意見を出し合い、知識を共有するなかで、何か別のものを発見すること、新しい発想を得ることに意味があります。その過程は、自分の意見をきちんと説明する訓練でもあるので、このプロセスが4年間ずっと日常的にある意義は大きいと思います。

──入学以来そうした授業を受けてきて、お二人の学問に対する意識は変わりましたか。

六川 自分の意見を述べる以上、それを支える正確な情報や知識が不可欠だと考えるようになりました。知識の重要性を強く認識したことで、新聞やネットを含めて、広く能動的に知識を得ようとする気持ちが強まったと思います。

平通 私もディスカッションで、「このことについて深く知ることができたら、もっと有意義で楽しい意見交換ができるのでは」と思うようになったことで、学ぶことへの意欲が一層高まりました。しかも、一緒にディスカッションを交わした学生が、「それを学ぶならこの本がオススメだよ」などと教えてくれるので、ディスカッションがさらなる学びへとつながっています。

六川 慶美さん/教養学部4年生、物理学メジャー・環境研究マイナー
六川 慶美さん/教養学部4年生、物理学メジャー・環境研究マイナー

「自由な学術」の真髄を究める人を輩出したい

──学長は、「リベラルアーツの社会実装」を提唱しておられます。その意味を教えてください。

学長 リベラルアーツの社会実装とは、リベラルアーツ的な思考法を、社会に浸透させることです。ICUのリベラルアーツ教育で大事にしている考え方やアプローチは、社会においても、やはり有益です。会社や組織など、社会における活動では、考え方や専門の異なる人たちとチームを組んで課題解決に当たったり、イノベーティブな成果を出したりすることがよくあります。そのときに求められるのは、「対話」や「批判的思考」を通して問題を多角的に捉えることです。また、「多様性」を尊重し、他者と力を合わせ、よりよいモノや制度をつくっていくための心の持ち方や人間関係、総合知の働かせ方が重要になります。学生たちがICUの4年間で経験したことを、卒業後の社会でも実践し、広げていってくれることを期待しています。

──「総合知を備えたグローバルシチズン」を育てるために、ICUではどのような工夫をしていますか。また学生のみなさんは、授業の外での学びの機会を、どう活用していますか。

学長 総合知を備えるとは、個人の中にすべての知識を詰め込んだ「知の巨人」をつくることではありません。リベラルアーツでは、一人ひとりが専門分野を持ちつつ、多様な人たちと交流し、みんなの「知」や「経験」をつなぎます。このような「つなぐ力」によって、一人ひとりの総合知が広がってゆくのです。

ICUでは履修の仕組みそのものが、総合知を育てるようにつくられています。授業の外でも、例えば国内外で地域の人たちと数週間生活を共にしながら社会活動に携わるサービス・ラーニングでは、学生がその経験を、学問やさまざまな活動にフィードバックしていきます。大学としてフェアトレード認証を取ろうというチャレンジが、学生主導で始まっているのも、そうした成果のひとつです。

平通 私は、「SDGs推進室」のメンバーとして、まさにそのチャレンジに関わっていて、フェアトレード認証を目指す学生の活動をサポートしています。SDGs推進室では他にも、問題意識を持って活動する学生やサークルに、さまざまな助言や支援を提供しています。とはいえ、推進室のメンバー全員がSDGsの17目標に詳しいわけではないので、「この問題については〇〇先生に聞いてみよう」とか、「あのサークルのメンバーに相談してみよう」とか、文字通り「総合知」を武器に課題に取り組んでいます。

六川 学長が履修の仕組みについておっしゃっていましたが、私にとってはICUのアカデミック・アドヴァイザー制度など、先生との距離の近さが自分の学びを深めることに直結しました。アカデミック・アドヴァイザー制度とは、専任教員が学生一人ひとりについて、履修計画、学生生活、進路、就職等、さまざまなことについて相談できる制度です。また、アドヴァイザーの先生でなくても、将来について相談したりアドヴァイスをいただいたりすることもできます。3年次にはお世話になった先生のご紹介で、NICT(情報通信研究機構)による量子技術に関心がある人を対象にしたプログラム「NICT Quantum Camp」に参加しました。私はずっと、宇宙と量子コンピューターの分野をやりたかったのですが、このプログラムで、外部の第一線の研究者と出会うことができました。プログラム終了後、再びアドヴァイザーの先生に相談して、最終的にその研究所で卒業研究ができるようになりました。将来的には、スペースデブリ(宇宙ゴミ)といった新たな環境問題にも対応すべく、宇宙探索という目的だけでなく、目的を達成した後まで検討した宇宙探索、開発を目指していきたいと考えています。先生と学生の距離が近いICUだからこそ、こうしたつながりを持つことができたのだと思います。

──最後に、全国の高校生や高校の先生たちに、メッセージをお願いします。

平通 高校生のみなさんには、子どもの頃からの興味を大切に、情熱を持ち続けてもらいたいです。夢を諦めず道を探し続ければ、その夢を、情熱を実現できるチャンスにきっと出会えると思います。

六川 たとえ近道ではなくても、自分が本当にやりたいことを、時間をかけて探してください。自分がやりたい分野をあまり狭め過ぎず、少し幅をもたせてみることも、大事だと思います。

学長 ICUは「平和をつくるための大学」です。国際平和にせよ、心の平和にせよ、学生には平和構築に貢献する人として、成長してほしいです。リベラルアーツとは、さまざまな分野の学問を広く経験し、学ぶ楽しさに気づき、心から探究したいと思う学問を見つける教育システムです。それはまた、一個の自立した人間として力強く羽ばたくための教養や、人間的な厚みをもたらすものでもあります。私たちは、リベラル(自由な)アーツ(学術)をもって、「あなたを自由にする大学」でありたいと願っています。

平通 恭介さん/教養学部3年生、環境研究・歴史学 ダブルメジャー
平通 恭介さん/教養学部3年生、環境研究・歴史学 ダブルメジャー
学長
岩切 正一郎
岩切 正一郎
いわきり・しょういちろう
1991年 東京大学大学院人文科学研究科仏語仏文学専攻博士課程満期退学、1993年パリ第7大学テクスト・資料科学科第三課程修了(DEA)。1996年から国際基督教大学教養学部で教鞭を執り、2019年に学部長に就任。2020年より現職。専門はフランス近・現代詩、おもに詩人ボードレールに関する研究、フランス戯曲の翻訳論と実践で、2008年には第15回湯浅芳子賞(翻訳・脚本部門)を受賞している。
教養学部4年 物理学メジャー/環境研究マイナー
六川 慶美さん
六川 慶美さん
ろくがわ・よしみ
本当にやりたいことを探し求める情熱と、自然を学問として学ぶ面白さ、そして宇宙への憧れを胸に物理学の道へ。学外の研究機関で卒業研究を行うなど、自ら道を切り拓く。
教養学部3年 環境研究・歴史学ダブルメジャー
平通 恭介さん
平通 恭介さん
ひらどおり・きょうすけ
環境アセスメント実習、環境教育、デジタルビデオ(ドキュメンタリー)制作、歴史学研究方法などの授業に触発され、ダブルメジャーを選択。SDGs推進室での活動をはじめ、幅広く活躍している。