総合的な学びを通じて「やりたいこと」を見つける

──ICUは日本のリベラルアーツ教育の草分けとして知られます。その教育の特徴を教えてください。

学長  重要なのは、文系理系の枠を超え、自然科学、社会科学、人文科学という3つの大きな柱を横断する、総合的な学びの形であるということです。これは、ただ「広く浅く」学ぶということとは大きく異なります。

学生たちは2年次の終わりまでに、それぞれがより深く学びたい分野を「メジャー(専修分野)」として決定します。そのときに、一つの角度からだけ物事を見るのでなく、さまざまな分野に学びを接続していくための「回路」をつくるのがリベラルアーツです。これは、学生たちが将来的に、社会、そして広い世界とつながっていくための力を得ていくことにもなると考えています。

根幹にあるのは、ICU創立以来の「平和を構築する人材を育てる」という理念です。そしてそのために「対話・多様性・批判的思考」の三つを重視しています。自分の考えを周囲に押しつけるのでなく、ときには自分自身にも批判的思考を向けながら対話を重ね、多様性を受容する豊かな社会をつくり上げていける、そうした人材を育てたいと考えています。

──兒島さんも、そうした教育のあり方に魅力を感じてICUに入学されたのでしょうか。

兒島  はい。高校時代は「自分が何をやりたいか」が分からなかったので、特定の学部に決めてしまって大丈夫だろうか、という不安がありました。ICUなら、メジャーを決めるまでの2年間、さまざまな学問分野を総合的に学ぶことができる。その中で、自分の好きなことを見つけられると考えたのです。

実際に、興味の赴くままにさまざまな授業を受け、レポートを書いたりする中で「あ、自分はこの学問が好きだな」と感じる瞬間がいくつもありました。中でも面白いと思えたのが経営学と環境研究だったので、それぞれ「メジャー(主専攻)」、「マイナー(副専攻)」に選びました。

学長  勉強したいことがあって入学したけれど、メジャーを選ぶまでの2年間で考えが変わったという人も多いですね。授業はすべての学生に開かれていますから、あらゆる分野の授業を受けることができる。幅広い可能性を追求しながら、自分が本当に興味を持てる分野を選んでいく。このプロセス自体も、リベラルアーツ教育のとても大事なポイントなのです。

メジャーの決め方としては、1つのメジャーを修める「シングルメジャー」の他に、2つのメジャーを修める「ダブルメジャー」や、2つのメジャーの比率を変えて修める「メジャー、マイナー」という仕組みも用意しています。

自分で選んで決めるというのは、決して簡単ではありません。ある意味では、誰かから「この分野に進みなさい」と言われたほうが楽かもしれない。でも、学びのいろいろな可能性の中で、自分で考え、選んで決定していく。それによって、自分というものをつくっていくことができるのだと思います。

──兒島さんは、大学生活を通じて農業にも関心を持たれたそうですね。

兒島  直接のきっかけになったのは、キャンパス内で養蜂に取り組み、収穫したハチミツを販売するという「ICU HONEY PROJECT」に参加したことです。環境研究の授業の一環ですが、もともとは何年か前の先輩たちが発案して、先生方や地域の方にも協力してもらってスタートさせたものだと聞きました。このように、学生主導の活動も大変盛んで、やりたいことを自由に挑戦できる環境もICUの魅力の1つです。

農業は、ものを売るという意味では経営学の観点が必要ですし、自然の営みの中で行うという意味では環境研究とも深く関わっています。そのように、異なる学問のつながりが見えてきたのも、さまざまな分野を広く学べたからこそだと思っています。将来的には、本格的に農業をやるなど、何らかの形で持続可能な社会の構築に貢献できるようになりたいですね。

岩切 正一郎/国際基督教大学 学長
岩切 正一郎/国際基督教大学 学長

多様性豊かな環境を通じて得られるもの

──授業の光景だけでなく、世界各地から学生が集まっているなど、学生の顔ぶれそのものも非常に多様ですね。

兒島  僕の感覚だと、半分くらいの学生とは英語でコミュニケーションするイメージですね。自分と同じようなバックグラウンドの人ばかりと話していると、頭が凝り固まってしまう部分がある。多様性が豊かな環境に置かれることで、常に異なる観点に触れることができ、思わぬアイデアが出てきたりすることがあるなと感じています。ICUの特徴である少人数・対話型教育も相まって、毎日が刺激の連続です。

学長  対話力を身につけるという意味でも、多様性は非常に重要です。同質性が高すぎると、互いに「言わなくても通じる」ようになってしまうことがあるんですよね。多様性があると、相手といろいろと違いがあることで、「私はこう思うけれど、あなたはどうですか」と説明しなくてはならなくなる。4年間、相手に伝わるように説明し、相手の説明を理解しようと、日常の中で努力し続けることの意味は大きいと思います。

現在、学生は世界50カ国/地域以上から集まっており、専任教員の3人に1人は外国籍です。また国内でも、できるだけ多様な学生に来てほしいと考えています。そのために奨学金制度の拡充にも努めていて、1都3県(東京、千葉、埼玉、神奈川)以外の学校出身者を対象に、入試の出願前に奨学金の給付が決まる「ICU Cherry Blossom奨学金」という新しい制度も開始しました。

──日英両語がキャンパスの公用語という「日英バイリンガリズム」も大きな特徴です。

学長  世界中の人々と対話するためのコミュニケーションツールとして、日本の学生にも英語をしっかりと身につけてほしいという狙いがまずあります。「ツール」というと軽く聞こえるかもしれませんが、腕のいい職人が仕事道具を大事にするように、いいものを生み出すにはまずツールが大事。ツールを得ることで、人は変わることができます。

兒島  授業も、高校の英語とは違って、とにかく読んで聞いて話して、英語を使うことに慣れようというスタイルが中心でしたね。おっしゃるように、学問やコミュニケーションの「ツール」としての英語は、かなり身についたと感じています。

学長  一方で「すべて英語」にしないのは、海外から日本語を学びに来る学生がいるからということもありますが、それだけではありません。日本語が母語の学生も、自分の国の言葉や文化をもう一度学び直して、日本のことをきちんと世界に発信できるようになってほしいと考えているからです。

他の国でも、その国や地域、民族固有の言語がまずあって、その上で英語が話されているという構造はよく見かけます。英語が話せれば他の言葉はいらないというのではなく、個性豊かなそれぞれの言語や文化を大事にしながら、グローバルな普遍性も身につけている、そうした学生を育てたいというのが、私の思いです。

兒島 大志郎さん/教養学部4年、経営学メジャー・環境研究マイナー
兒島 大志郎さん/教養学部4年、経営学メジャー・環境研究マイナー

リベラルアーツを体現する、新たな学びの場

──2023年4月から、新たな学びの空間として、新校舎「トロイヤー記念アーツ・サイエンス館」が使用開始になりました。

学長  もとは理学館という、自然科学系の研究室や教室が入っている建物がありましたが、この新校舎では新たに人文科学・社会科学系の研究所も融合しました。学問の枠組みを超えた、リベラルアーツを体現する建物として生まれ変わりました。

館内では、学部生から大学院生、教員まで、専門分野もさまざまな人たちが自由に行き交います。その中で、神経細胞同士が非連続的につながるシナプスのように、不規則な出会いの場が無数に生まれる。多様な思考や感覚がぶつかり合い、影響を受け合うことで、新しいものが生み出されていく。ICUは教職員・学生の距離感が近いことも特記すべき点ですが、このような対話文化も相まって、非常に面白い場になっていると感じています。
 
兒島  自習もできるオープンスペースがたくさん設けられていて、授業が終わった後、友達と対話できるスペースがあちこちにあるのがうれしいですね。自分が今やっている研究について、専門が違う友達に説明したりすることで、新たに見えてくることがあったりします。

──最後に学長から、ICUで学ぶ学生たちへのメッセージをお願いします。

学長  「ICUで学んだから、社会に出てからも大丈夫」というわけではありません。社会に出た後も常に学び、ブラッシュアップを続ける。足りないところを自覚して、自分を高め、変えていこうとする。そうした姿勢は、ICUで学んだ学生には確実に身についていると考えています。自分で選んで、自分で決めて、自分で学びを深める。その体験の繰り返しが、「変わろうとする力」につながっていくのです。

リベラルアーツの「リベラル」とは「自由な学問」を指すと同時に、「人を自由にする」という意味でもあります。自ら学び、考えることによって、人を縛っている有形無形の鎖から自分自身を解き放つ。そして、多様な視点を持ちながら、よりよい未来をつくっていくために力を尽くす。ICUで学ぶ皆さんには将来、そんなふうに活躍してもらいたいと思うし、きっとそうなるはずだと確信しています。

学長
岩切 正一郎
岩切 正一郎
いわきり・しょういちろう
1991年 東京大学大学院人文科学研究科仏語仏文学専攻博士課程満期退学、1993年パリ第7大学テクスト・資料科学科第三課程修了(DEA)。1996年から国際基督教大学教養学部で教鞭を執り、2019年に学部長に就任。2020年より現職。専門はフランス近・現代詩、おもに詩人ボードレールに関する研究、フランス戯曲の翻訳論と実践で、2008年には第15回湯浅芳子賞(翻訳・脚本部門)を受賞している。
教養学部4年 経営学メジャー/環境研究マイナー
兒島 大志郎さん
兒島 大志郎さん
こじま・だいじろう
さまざまな国籍やバックグラウンドを持つ学生同士の学びの中で、多様な視点に触れ、刺激を受けている。経営学と環境研究のハイブリッドな学びやICU HONEY PROJECTといった課外活動を経て、いつか農業に携わりたいという夢を持つように。